雑記

身のまわりの雑多録。主に古いものと旅の記録、時々日常の話。

昭和初期の煙草パッケージ (1)

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今回紹介するのは「Spear」「ALL ASIA」「東京(TOKYO)」の3つ。
ちなみにこのコレクションは戦前〜戦中〜戦後のものが含まれるが、時代によってパッケージの品質(紙質、印刷の質)が分かりやすく変わっていくのも興味深く、戦前のものは色数も多く、紙・印刷も綺麗なものが多い。

煙草パッケージコレクションについての概要は以下からどうぞ。


1. Spear

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  • 10 Cigarettes
  • TOA TOBACCO Co., LTD.

TOA TOBACCO Co., LTD.」こと「東亜煙草会社」は、明治39年1906年)に煙草輸出業者をまとめて設立した会社らしい。恐らくこの煙草自体も戦前のものだろう。祖父のメモによると、入手場所は満州とのこと。


2. ALL ASIA

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  • 10 CIGARETTES
  • TAIYANG TOBACCO CO., LTD.

恐らく昭和10年代のものと思われるが、なんとも当時の世相が伺えるような名前である。祖父のメモによるとこれも満州の煙草で、祖父は「オルエイジア」と呼んでいたようだ。グレーとオレンジのカラーリングはなんともモダン。

 

3. 東京(TOKYO)

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  • 10 CIGARETTES
  • TAIYANG TOBACCO CO., LTD.

祖父メモによると昭和14年(1939年)の煙草で、意外なことに東京ではなく京安(満州)で入手したものらしい。
スカイツリーも東京タワーも無かった昭和14年当時は、国会議事堂(当時は帝国議会議事堂)が東京における代表的なランドマークだったのだろう。個人的には好きなパッケージの1つ。

 

今回はこれにて。

昭和初期の煙草パッケージコレクション

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祖父が残したものの中でも特にお気に入りなのが、昭和初期の煙草のパッケージのコレクションだ。
私は煙草は吸わないし、なんなら超苦手だけど、とにかくこのコレクションは当時のパッケージデザインの豊富さとレトロさ、昔ならではの印刷具合がたまらないのだ。
以前職場にも持っていったところ、職場のデザイナー陣にも大変好評だったので、せっかくならば世界に公開しようということでちまちまと写真を載せていこうと思う。

 

コレクションリスト

スクラップブック3冊にわたりまとめられた祖父のコレクションは、主に昭和一桁(1930年頃)から昭和20年代(1945年頃)までのもの。祖父が船の通信士だったこともあり、日本に限らず渡航先の国のものも含まれている。
自分用のメモがてら、調べたことも一緒に載せていこうと思う。

 

以下が、ざっと書き起こしたタバコの名前である。

  • 軍用 極光
  • 鵬翼(ほうよく)
  • 櫻花
  • 正白猫(White Cat)
  • コロナ
  • ピース
  • CAMEL
  • Pine Apple
  • 香蕉(Banana)
  • Jai Zun
  • Apple
  • Westminster
  • 良友(Good Friend)
  • IPINHSIANG(一品香)
  • Postan cigarettes
  • THREE STAR
  • THREE CATS
  • Three Cups Cigarettes
  • THE FORTRESS
  • White Horse
  • MAXWELL
  • Suez Blend
  • Majoong
  • LUSHAN
  • FEI LIH
  • WHITE ROSE
  • HATAMEN
  • THE "GREYS"
  • CHELSEA
  • NELSON BRAND
  • TOWN TALK
  • GOLDEN BAT(ゴールデンバット/金鵄)
  • WILD WOODBINE
  • 新生
  • HAPPY
  • YACHT CLUB
  • TAJ BRAND(読めないタイ語
  • Carlton's
  • LIGHTHOUSE
  • JEEP
  • CARAVAN
  • MILLBANK
  • PLAYER'S NAVY CUT
  • GOLD FLAKE
  • CAPSTAN
  • CAVANDER'S
  • PALL MALL
  • SWEET CAPORAL
  • MACDONAL'S
  • BRITISH CONSOLS
  • PICAYUNE
  • FATIMA
  • HERBERT TAREYTON
  • Cavalier
  • EMBASSY
  • qreen spot
  • ENCORE
  • CAPSTAN
  • PLAYER'S No.3
  • OLD VIRGINIA FUNE CUT
  • VOGUE
  • MODEL
  • Friends
  • 富士(Fuji)
  • 白鷗
  • Paradise
  • New Paradise
  • CLUB
  • SOUTHLAND
  • Yorktown
  • DOMINO
  • KOOL
  • Wellington
  • Herald
  • ROYAL
  • ABDULLA
  • Marcovitch
  • The Three Caftles
  • DeLuxe
  • ALLIGATOR
  • Tavern
  • MILLION
  • ALL JACKS
  • PHOENIX & DRAGON
  • Parker
  • Spear
  • ALL ASIA
  • 東京(TOKYO)
  • poppy
  • WALDORF
  • Delicious
  • LAMASERY
  • PREMIER 古印牌香烟
  • SKY LARK
  • Oasis
  • HORSE BALL
  • Lion
  • チェリー(櫻/CHERRY)
  • みどり
  • ピジョン(PIGEON)
  • 扶桑
  • HOPE(ホープ
  • PEARL
  • SOWER
  • CHESTERFIELD
  • HAPPY HIT
  • Nelson
  • CROWN
  • BLACK EAGLE
  • EM*EM(一部判読不能
  • CARAVEN "A"
  • KAIDA
  • Selika
  • Minaret
  • KRONOS
  • 彌榮(いやさか)
  • DOUBLE ACE
  • Piedmont
  • KING
  • PIN HEAD
  • GOLDEN MANSION
  • MARSHAL
  • PIRATE
  • 曙(あけぼの)
  • Raleigh
  • PHILIP MORRIS
  • LUCKY STRIKE
  • AVALON
  • Mapleton
  • LADY HAMILTON
  • GOODRICH
  • RUBY
  • A1
  • ATHLETE
  • ABC
  • Winston
  • HELLAS YELLOW
  • CHIENMEN
  • Dunhill
  • 桃山(Momoyama)
  • WINGS
  • CAPRICHOS
  • BRAVOS
  • MACDONALD'S
  • SPUD
  • RUBY QUEEN
  • BELAMY
  • REVIVAL
  • DOUBLE CRANE
  • KAMOME(かもめ)
  • MERCURY
  • COMPASS
  • PEGASUS
  • Long Life
  • MUSE
  • GOURD
  • 暁(あかつき)
  • さかえ
  • 飛馬牌
  • Westminster 85
  • CONVOY
  • KENT
  • Bankers Club
  • DIAMOND
  • BRISTOL
  • CHURCHMAN'S
  • du MAURIER
  • SENIOR SERVICE
  • STATE EXPRESS CIGARETTES 333
  • PETER JACKSON
  • STATE EXPRESS CIGARETTES 555
  • Midori
  • いこい
  • 大前門
  • Vioret
  • PLOVER
  • LON
  • VICEROY
  • Duke of DURHAM
  • Salem


…ちゃんと書き起こしてみたら思いの他多かった。。
地道に載せていきます!

10年ぶりに江戸東京博物館に行ってきた

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先日、急にどうしても行きたくなって江戸東京博物館に行った。
※7月の話

 

子供の頃から数えると恐らく2・3回は行っていて、今回は約10年ぶりくらいの訪問。久々に行ったらめっっっちゃくちゃに楽しかったので、楽しかった部分などを書き残しておこうと思う。

 

江戸東京博物館は、両国駅から徒歩数分にある。
宇宙艦隊のように妙に巨大な建物なので、すぐに分かると思う。

 

こんなご時世だし、学生は夏休み前、そして平日昼間ともあって予想した通り博物館はガラガラだった。記憶では人でワイワイしているはずの、館内にある日本橋(地名ではなく、橋。の復元)も無人だった。

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江戸時代の流行病とミミズク人形

館内でも一番気合の入っている(気がする)江戸時代ゾーンでは、江戸の城下町のジオラマや、四季折々の行事、食や娯楽といった人々の楽しみなど色々な展示があるが、「江戸時代の流行病」の展示はなんだか急に現実を思い出させるようだった。
江戸の世も、300年後の令和の今も、人々は流行病と戦うのだ…。

 

ちなみに江戸時代に疱瘡が流行った頃には病除けとしてみみづく(ミミズク)の人形をお守りにしたらしい。ミミズクが、というよりこの赤色が疱瘡に効くという一種のおまじないだったらしい。

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この人形ほしい! と思っていたら、ユーザーニーズを的確に捉えているお土産売り場に売られていた。まんまと買った。かわいい。

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浅草六区と凌雲閣

江戸東京博物館は江戸時代だけでなく、大正・明治・昭和の東京も取り扱っている。江戸時代も楽しいが、個人的にはこのゾーンが一番浪漫感じるしテンションがめちゃくちゃあがる。なんでだろう。

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中でも好きなのが、浅草六区と凌雲閣(浅草十二階)である。
明治維新後、浅草の地で区画整備が行われた際に、元々は浅草寺の裏あたりにあった歓楽街の店や施設などが「六区」にお引越ししたことにより生まれたのが「浅草六区」だ。

 

そしてこの地に1890年に建てられた高層建築物が、凌雲閣だ。高さ52m、12階建て、当時日本一高い建造物だっただけでなく、日本で最初のエレベーターが設置された施設でもある。(実際には8階〜12階までは階段だったらしいが)

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今のように高い建物がなかった時代、その存在はどれだけ迫力があったのだろうか。しかも未知の存在「エレベーター」付き! 当時の人はめっちゃワクワクしたんだろうなぁ。
と思って大正生まれ東京育ちの祖母に以前聞いたところ、「勉強が忙しかったから覚えていないし、当時浅草は田舎者ばかりだったから行かなかった」と言われた。
絶対見てると思うんだけどな〜。

 

悲しくも凌雲閣は1923年の関東大震災で半壊してしまう。
その後修復されることもなく解体され、もはや正確な位置すら不明という幻の存在となっていたのだが、それから約100年後の2018年、浅草の工事現場にて凌雲閣の基礎部分の一部と思われる煉瓦とコンクリートが発見されたのである。

dailyportalz.jp

浪漫!!!
煉瓦もらいに行けばよかったよ。

 

浅草六区と映画館

浅草六区の花は、凌雲閣だけではない。
活動写真ブームの流れから、1903年には日本初の常設映画館「電気館」が建設され、その後も三友館、大勝館、富士館、オペラ館、帝国館、世界館、千代田館……と続々と映画館が建ち並ぶようになる。さながら映画館激戦区である。

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映画が無声映画からトーキー(有声映画)に移り変わった頃、当時ここに通っていたのが私の祖父である。
学生だった頃、祖父は授業をサボっては浅草六区の映画館に行き、同じ映画を二回繰り返して観ていたらしい。一度目は字幕を読みながら純粋に映画を堪能し、二度目は字幕を読まずに観ることで英語や外国人の身振り手振りを覚えていったらしい。おかげで海外に憧れていた祖父は英語が話せるようになったが、学校は退学になった。不良爺様である。

 

映画館激戦区であった浅草六区も、テレビの登場と共にその栄光の時代を終える。今やその名残を追うのも難しいが、だからこそ浪漫だなと思う部分もある…。

 

博物館のたのしび

博物館の楽しみといえば、本やインターネットでは味わえない「当時のものがリアルな大きさで体感できる」ことだと思う。

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昭和初期の住まいに心打たれたり

 

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住んだことないのに、昭和中期の住まいに懐かしさを感じたり

 

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飲んだことないのに、明治時代の東京ビールの看板にぐっときたり

 

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乗ったことないのに、大正時代のタクシーの写真を撮りたくなる。

 

江戸から昭和までを渡り歩き知ることで、東京がより一層好きになれる場所、江戸東京博物館
最高だ!! また来ます!!!

 

ちなみにここ10年来ない間にリニューアルしていたらしく、気づけば「平成」ゾーンまで誕生していた。

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こんなところで君に出会えるとは思わなかった。

祖父の陣中日誌

写真:祖父の陣中日誌


「陣中日誌」というものをご存知だろうか。

 

本来は「戦地の日誌」と定義されているものの、私の祖父が残した陣中日誌は「戦地から帰国し、召集解除されるまでの日誌」だった。
ずーっとやろうと思っていた日誌の文字起こしをようやく終えたので、問題の無さそうな範囲で残しておこうと思う。

 

祖父の陣中日誌について

書かれている期間は1939年12月14日(昭和14年)から翌1940年1月24日(昭和15年)までのわずか約1ヶ月間のみ。ちょうどノモンハン事変に伴い満州に徴兵された時(から、家に戻るまで)の日誌だ。
何故その期間しか書かなかったのかは、謎。
面倒だったのか、書いていたけれど無くしてしまったのか、帰路になって急に書く気になったのか……。
ちなみに先に書いておくと、祖父自身は約10年前に亡くなるまではすこぶる元気(で、孫の私とスーファミや64で対戦をするような祖父)だったので暗い展開はありません。ご心配なく…。

 

と、前置きが長くなってしまったが、以下、書き起こしたテキストです。
ちなみに手書き&旧字体が多いため、一部判読できていない箇所もあり。(*)の箇所は判読できなかったもの、(?)の箇所は自信が無い箇所で、親族の名前の部分は○○と伏字にしている。
(もし、これじゃない? と分かる方がいらっしゃれば、コメントいただけると幸いです)

 

陣中日誌

 

昭和14年12月

14日 木曜 晴

大連商業中
慰問袋を受く
衛兵につきたるも明日旅順行のため交たいす。天好天好
久々に味はいたるチーズに内地を思ひ浮ぶ
裏山に登り市中を行軍して帰る

 

15日 金曜 晴

延々四十八(将?)の(*)大道路をドライブ旅順見学に行く
先輩の悪戦苦闘せう地を見新なる感激に打たる
今日は露軍智将コンドラテンコ小将の戦死せる日

 

16日 土曜 晴

午後裏山に登り満人街を歩く
五十分間自由行動
支那芝居で西遊記をやつていた
満人街はどこでも同じだ
夜国婦の主さいで極楽㑹がある
一時閉㑹

 

17日 日曜 晴

午後全員呼集
チエンストアストリートの前で解散
(*)連通の幾久屋で黒ダイヤを買ふ
ニュータイガー
PERROQUETUダンスホールへ行く
半日を愉快にすごした

 

18日 月曜 晴

今日は食事

夕食後(*)鎧街へ一寸行く
十二時迄眠れず

 

19日 火曜 晴

午後京亜煙草㑹社を見学に行く
サエの繁速さに驚かされた
一時間自由行動
ドミノ等でお茶を飲む

 

20日 水曜 晴

荷物の整理等をし一日が終る

 

21日 木曜 晴

外出の豫定なりしも外出なし

 

22日 金曜 晴

午後から外出
ドミノマルキタ(**)で御茶
福(*)で壽しを食ふ
トラムプを買ふ
し(*)を買ふ
豊島(*)隊で脱柵、不時点呼あり

 

23日 土曜 晴

いよいよ明日出発に決る
まだ少し居たい様に思はれる
明日は早いので寝る

 

24日 日曜 晴

起床四時出発の準備をする
萬事よくはこぶ。
八時半出発徒歩行軍で埠頭に至る
大連の街がなごり残しい。
午後乗船。大変なこんざつなり、
四千人との事
水平線に日の沈むのを見る

 

25日 月曜 晴

昨日は不寝悉だつたので馬鹿にねむい。体操。五分間
師走とひふのに船内は非常な暑さだ。早く此船路が終ればいい

 

26日 火曜 晴

左航に朝鮮半島を見る
三笠丸に十時頃追越さる
今日は熱が有って寒けがする

 

27日 水曜 雨曇

今朝門司着
内地に来ると早速雨に見舞れた。
午前中検仮。
午後(*)恫宇品に向ふ

 

28日 木曜 曇

今朝宇品着
午後より検(渡?)を行ひ夜終る
フオルマリンで目がいたい
二度と比ダなへ来るもんじやない

 

29日 金曜

五時三十分起床
七時百合丸はアンカーを上げ宇品港に向ふ
八時より陸揚開始、十一時頃陸上第一歩をふむ
廣島駅附近で中食の後四時(*)東京に向ふ。
山九時頃通過
大阪あたり迄覺えて居たが後は・・・

 

30日 土曜 晴

名古屋の少々前で目をさます
六時五分名古屋着
日の出だ。満州より一時間早い
朝食をすます
十時大井川を渡る
富士山がよく見える
夜聯隊に入る
十時半就寝

 

31日 日曜 

聯隊はどんどん復員して居る
戦用品を返納する
ぼろ服を受領する
夜明けの式にでるぼろ服を受領す、これもぼろ服也
俺達もすぐ(*)郷できる

 

昭和15年1月

1日 月曜 

逢(*)式を行ふ
今月中には解除になる
外出なし
酒保等へ行つて百を(*)す

 

2日 火曜 晴

九時頃より外出家に行く
○○さん○○君等に㑹ふ
銀座で御茶を飲んで居て遅れそうになつたので
円タク(?)で聯隊に入る

 

3日 水曜 

朝がばかにつらい
一日だらだらと終る

 

4日 木曜

(**奉*)式ニ參列
午後から五中隊に編入さる
四班だ
解除(通?)し
午前中に慰問袋を受く○○さんより
※1行目の不明箇所、1文字目は「束偏+?」、2文字目は「言偏+?」、4文字目は「善?+賣?」

 

5日 金曜 晴

外出
オリムピツクで朝食
十時半頃家へつく
○○家訪問再び家へ帰る
ニ時頃、家を出
銀座へ行く
ダツトへ半年ぶりで行き五時聯隊に入る

 

6日 土曜 

解除十七日
午前中遊び
午後から五中隊に居候になる

 

7日 日曜

酒保や食(*)で一日を暮す
火災招集あり
夜娯樂㑹あり
相不変一人よがりの連続で面白くない

 

8日 月曜

觀兵式
午後外出。
柏附近を散歩

 

9日 火曜

精心訓(*)
銃剣術
石井曹長に竹刀でなぐられた
午後は山田中尉殿の學校

 

10日 水曜

聯隊に於ける最後の徴兵につく
寒くてまいつた風強し

 

11日 木曜 

午前農場開墾
午後は練兵場で書

 

12日 金曜

午前中山田中尉殿指揮で(**掘?)をする
午後完成
晩除隊君の送別㑹
自分等も十七日には送られる身

 

13日 土曜 晴

福島松ト津田吉田石井芝等
招集解除になつた。見送をす
午後(**)班の掃事をする
(**)がすの解除も迫る。
(**)年兵の出発(**)を(*)やる

 

14日 日曜 晴

最後の外出をする
家へ歸つて服の相談をする
銀座で堀内(**)に㑹ひ手袋を買ふ
紫(*)荘でお茶を飲む
五時聯隊に入る

 

15日 月曜 晴

(**)解除になる。
要(*)初年兵出(*)
小(*)等も後三晩で解除
擬似(*)セン(*)発生、隔離さる
夕食八時頃

 

16日 火曜 晴

今夜一晩で命令が出る
本当は今日解除だつたそうだ
七時半夕食
早く寝る

 

17日 水曜 晴

兵器の分配
午前午後
L
S
早く寝る

 

18日 木曜 

午前中演習
久しぶりに聽音機をかついだ演習も之で終りだらう
午後は手入
夕方菓子を食いすぎた

 

19日 金曜

被服返納
解除準備進む
夕方慰問袋がとどく
防疫規定
解除になる

 

20日 土曜 晴

(**)班がへを行ふ。ボリビヤ武官見學に来る
目標柱に登つた
母参官の伯母さんが面㑹に来る
服を持つて来てもらう
解除のねを待つばかり

 

21日 日曜 晴

外出。名倉小川田中朝君と銀座へ行き映画を見フロリダで食事
ダツト御茶房・門・ボタン等でお茶をのみ
五時聯隊に入る

 

22日 月曜 晴

午前中待期㑹報ラツパを待つ
大隊長中隊長殿に申告を終る
㑹報ラツパなる
待ちに待つた命令出る送別㑹

 

23日 火曜 

九時召集解除
二度と来ない
松屋で九一㑹を開く
夜名倉場田小峰菅田稲垣古川岩タて氏等と銀座スエヒロで食事をす

 

24日 水曜

一日家に居り
夜親族(?)と㑹食


《日誌はここまで》

 

(後記)

ちょっとぶっきらぼうで、でもきっちり毎日真面目に書き、合間合間に素直な感情が書かれている文章は、まさに祖父そのものだった。

祖父からはいわゆる「戦争のはなし」を子供の頃によく聞いていた気がするのに、覚えているのは「何度も船が転覆したけど何度も助かった話(すごい)」と「夜中に大きな大きな流れ星が現れて空一面が急に明るくなった話」くらい。実は祖父が当時どこに行って、どういった足跡をたどったのかは全然分かっていなかったし、聞くチャンスはたくさんあったのに逃したまま祖父は亡くなってしまった。

ある程度時間が経ち、後悔していたところ「戦場体験放映保存の会」主催のイベントに出会ったのが、今回文字起こしをちゃんとやろうと思ったきかっけだった。
主催の方々に陣中日誌やその他残っていたものを見ていただいたところ、祖父の足跡が段々とハッキリしてきて、ぼんやりと「戦争に行った祖父」でしかなかった記憶がより鮮明に、一人の人としてあの時代の中をどう生きていたのかがつかめた感覚があり、さらにハッキリさせるため今回日誌の書き起こしを行った。
調査にご協力いただいた会の方には改めて感謝申し上げます。

身のまわりの雑多録

を、はじめてみることにしました。
元々はnoteで書き始めていたのですが、色々あってはてなにお引越ししました。
書いている人は、昭和生まれ都内在住30代の人です。

 

これから書く予定の記録は主に以下2つ。


①実家に眠る古いもののはなし
物持ちの良いご先祖様のおかげで、高価なものはないけれど、ちょっと面白そうな古いものが実家にあります。
眠らせたままなのも勿体無いので、興味ある人に届くといいな〜と思いながら載せてみたいと思います。

 

旅行記
ネット上にごろごろいる旅行猛者とは比べものにならないけれど、これまでに行った11カ国の記録をちょこちょこ書けるといいなと思ってます。

 

予定以外のものも増えるかもだけど。
興味ある人、調べている人に見つかればラッキーということで。